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恐らく一次情報っていうことなんだろうけど、大概メディアにカバーされながら人に伝わっていくし、法に守られながら、人に判断されながら伝わっていく。
それが真実かはわからないけど、きっと分かりやすくて美しく整えられている。
webの情報は確かに美しくないことも多いし虚偽も多いかもしれないけど、一番怖いのは、自分で使い方を判断することに慣れてなさすぎるんじゃないかと思う。
人によっては嘘で人によっては本当になってしまう。だから収集に完結することなく、もっと考える習慣も作らなければいけない。
判断する材料を得続けなければならない。
自分も、RSSを使うことに慣れすぎてしまい、タイトルで判断しすぎるところがある。
考えるための方法を意識してみよう。
私にとってはその方法がblogと読書だったりする。
RSSは最新の情報収集のツール、
blogはアウトプットする手段、
読書は考え方を学ぶ機会。
どれも削れない。
(読書は好きだけど苦手だからなかなかできてないけど・・・)
昔に比べて得られる情報が増えたからこそ、
個人がジャーナリストに近づく、そんな時代なんだろうなとふと思う。
なんにしても、自分の考えを持ち続けることは楽しい。
それは間違っていたとしても、必ず何かの”きっかけ”になると思う。
何かを発信し続けることには必ず蓄積される価値があると思う。
間違っていてもいいじゃないか?
やってだめだったらまた違う方法を探していけばいいし。
必要に迫られたら、期限を設ければいい。
何もしないことが一番遅れをとるし、考えることを活かせない人生になる、
そんな時代じゃないでしょうか?
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