「手段を選ぶこと」と「誰の責任なのか」は別物だなぁと思うことがあったのでメモ。
「手段」は人である必要がない。でも、「責任」は、最終的に人が負わなければならない。
人を使うことが出来る人の凄さはそーゆうところにもあるのかもしれないと思った。
たとえば、下に対しては、責任をあたえて、上に対しては手段を提言する。。。なんていうのは
言葉にするのもイメージするのもなんとなくは簡単だけど、
実際に、その基準がはっきりと自分のなかにあるっていうのは大変なことだし、
最終的には誰に教えられるものでもないはず。やっぱりすごいことだなあと思う。
右腕が必要なんじゃないかって話も、手段のひとつとして必要なのかなーって。
下に責任を与えている以外に、上に対してみせていることにも意味があるってことだ。
具体的にはそれが人じゃなくてもいいのかもしれないけど、いずれにせよ人をあてるということが大事なのかも。
あんまりこーゆうことは真剣に考えたことなかったけど、
こーゆうことで悩んでるひとをみると、人って大事なのね。と思った金曜の夜でした。
下目線でしか話ができないのですが、あまり無理はしないでほしいもんです。
(まあそもそも求めてはいないだろうけど。。。想像するしかないし。)
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